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昔ながらの家造りと、昔ながらの習俗と。
 以前、とある古民家のお掃除をしていたら、
家からちょっと離れたところにボロ布がわだかまっていて、
それを除けてみたら、シロアリさんがぞろぞろ、ぞろぞろ。

こりゃいかん、と思って、
シロアリがいたこととともに、こういう状態だった、と
ここの維持管理をしているなかまに報告すると、
分かった、という返事のついでに、
ちょっと興味深いことを教えてくれました。

 「あえて家から少し離れた場所に
 『シロアリが居心地のいい場所』を作って、
 家のほうにシロアリがよりつかないように
 するという話もあるらしいよ」

と。

詳細省略しますが、ここの家の場合は
明らかにそういう感じではなかったので、
ふーん、そんな方法もあるんだーと思って
それっきりこの話は忘れていました。

:::

先日、「虫送り」のことを考えていたら
ふいに、この話がぐいぐいつながってきました。

「虫送り」とは、農作物を荒らす害虫たちが
たくさん発生する春〜秋の夜に、
笹を持ち、松明をつけ、鉦や太鼓を鳴らして歌いながら
集落の中からはずれまで練り歩き、
最後はそれらを焚き上げたり川に流したりするもの。

これは、暮らしに害をなすものを火や水で清めるという、
厄除け、穢れ祓いの儀式的なものだと思っていました。

でも、はたと気づいてみると、
街灯などの明かりのない時代の夜に
松明をともすことの、虫への影響力。

松明の明かりで虫を実際におびき寄せ、
農作物のある集落の中から遠くへ誘導し、
焼き殺す、又は戻って来れないように
川の流れに乗せてさらに遠くに追いやる……という
「実利のある習慣」だったのだと今更ながらに気がつきました。
(知ってるかたには、とても当たり前の話ですね。
私は机上の学習でしか知らなかったので、
このへんがすっぽ抜けてました。おはずかしい)


もちろん、全ての虫を駆逐できた訳ではないでしょうが、
仮に虫の三分の一がこれで集落からいなくなったとすれば、
その後の農作業は明らかに楽になるはず。
そして、楽になるということが
それぞれで「対処できる程度の範囲になる」というものであれば、
その三分の一の駆除は(あくまで仮の割合ですが)、
三分の一の効果ではなくて、必要充分な効果となるはずです。

なるほどと思いました。

そして、この「虫送り」に限らず、
精神的に区切りをつけるための儀式とか、
何かが形骸化したものだろうと思ってきた
祭礼、習俗の数々。

塩をそなえるとか、水をかけて清めるとか。
形代を使うとか、その他、いろいろ。

案外、そのままの「効果」が
あるものなのかもしれない、と思いました。

そもそも、家や集落、田や畑など、
人間が定住するために人工的に作る環境は、
「自然のサイクルを崩すこと」。
だから、自然の環境以上に虫が増えすぎたり、
逆に、他の何かが減りすぎたりする。
その土地での暮らしを存続させるためには、
その調整に「何か」を入れなければいけない。
それが、これらの儀式や行事なのではないかと。


そして、こういった習俗のひとつひとつのものを取り上げても
その効果ははっきりとは見えてこないけれど、
「一年を通して行われるそれらの集合」という塊、
さらに「毎年繰り返されるもの」という反復で見たとき、
働きを為し、効果を生むものなのかもしれない。

人間が、季節の巡りに合わせた一定のサイクルで
習慣的に行うものごとの集合が、
その場所に住む、人間以外の生き物たちに与える影響は、
ゼロであるはずはないと思います。
まして、樹木や一部の長命な動物たちを除き、
草も、虫も、鳥や獣たちも、苔も、菌も、その他微生物も
人間よりも、いのちのサイクルが慌ただしいものたち。
人間の中で三世代続けられた習慣は、
たとえば一年の寿命を持つ虫たちにとっては
自然現象と同じくらいの影響力を持って、
「ここの環境」として
次世代に影響していくとも思えます。

毎年6月ごろに梅雨が来ることを宛てにして
いきものたちが暮らすように、
たとえば人間が毎年同じ時期での焼畑を習慣としていたら、
畑の土を構成するものたちの中では、
それに馴染んだサイクルができあがっていくのではないか。


……遠回りしましたが、シロアリの話に戻りまして。

そんな習俗のあれこれが複合して定期的に行われる中で、
「木造の家という人工のものが、自然の中で存続しやすいように」
環境が整えられていくのではないか。

ひと世代、短時間の私だけのサイクルの中で
証明できることでもないので
この想像を正しいと証すことはむりですが、
そんなことを考えました。

ある意味、繰り返される習慣というものは
何世代もかけて組み上げられてきた
人間の住みやすい土地にするという
「結界術」なのかもしれません。

呪術とか、風水とか、
まああんまり詳しくないのですが、
これらのものは一般的に迷信のもの扱いされているものの、
こういう自然と共存するための「構造」とは
かなり、相似形を為すものである気がします。


その場で答えが見えず計算も立たないから
「迷信だ」「俗説だ」と決めつけたりせずに、
昔から長く続いてきたものは、きっと何かがあるはずだし、
長く続けられてきたという事実が、何らかの効果も持っていると
よくよく注意して接していこうと思いました。

「法隆寺宮大工口伝」も、人によっては
心構えや礼節を解くだけのものに見えているのだろうと思うし。
信仰心、というものもきっと、絡んでくるのでしょうね。

思いつくままに、つらつらとメモがてら記録してみました。
果てしなく想像が広がって行きそうなので、今はこのあたりで。
またまとめます。


雑記 | 09:35 | comments(0) | - | - |
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